片割れ chap.12 #8









______Manager.side______









飛行機の中で問われた時から


まさかと思いながらも


限りなく確信に近い衝撃が走ってた



だから











決定的な涙だった












「チャンミンさん、スゴい!よくあそこで涙が出ましたね!」

「凄く良い演技だった。悲しいだけじゃない、鬼気迫る感じもあって。リップの撮影はこの一発撮りでオッケーじゃない?」


満場一致で撮影の終わりを決める称賛の明るい拍手の中。
チャンミンはまだ、笑ってた。


「なんか、自然に出てきたんです。歌詞に感情が入り過ぎて……結果早く終わりになったんで、ラッキーですねぇ~ぃ♪」


ぶはははは、といかにも男性的な発声で照れを隠すチャンミンに、もう一ミリの気配りも使わせたくないと思った。
聞かなければならないことがあったから。
聞いてやらなくちゃいけない。俺はチャンミンに、全部背負い込ませてしまってる。
きっと。


「チャンミン……」

「皆に褒められた。良かったです」


ボソッと独りごちて早々とスタジオを後にする背中を追いかける。横目で確認したユノはどこかぎこちなく捕まったスタッフと談笑してるけど、目は完全にチャンミンを追ってた。

ユノは勘づいただろうか。
……勘づいたよな。さすがに。

でもこれからのし掛かってくる事実を聞いたところで何もできない。できたら気付かない振りを続けたい。
そんな往生際の悪い俺がだめ押しの意地悪をチャンミンにぶつけた。


「チャンミン…お前涙出た時、咄嗟に右向いて隠したろ。右目の目頭から流れたのに、あれじゃ見えにくいだろ」

「、、つい…」


つい。咄嗟に。思わず。

不測の涙。
本物の雫。


「……せっかく迫真の演技だったのに。タイミングもベストだったろ?『どんなにただ君のことを愛したくても~』って歌詞の流れが変わる一番いいところだ。演出的にあそこは左を向いて涙を強調しないと」

「別にいいじゃないですか。オッケー出たし。拭いたかったのに我慢したくらいですよ」




本当の、心。




「…っ、チャンミン!」

「何ですか。。ちょっと、マネヒョン正直うるさいです。ディレクターさんからも涙を流すリクエストなんて元々なかったじゃないですか…」


今までごめんな。

俺が誤魔化したから。
そんな事あり得ないって高を括って。チャンミンは被害者なんだ助けなきゃ。ユノを正常に戻さなきゃってグループの保身のための偽善な正義感を振りかざして。チャンミンに事務所のことも世間の目もユノの気持ちも全部背負わせた。

心がすり減って爆発したんだろ?

歩幅を広げてさらに足取りを早めようとするチャンミンの腕を掴むのに一苦労した。そのまま予備に取ってもらっておいた第2控え室へ押し込んだ。何本か飲料水が机に用意されただけの、椅子もない小さなスペース。
本控え室はユノが帰ってくるかもしれない、今はチャンミンと2人きりになりたかった。

不貞腐れて俯く姿を改めて観察する。

あの可愛らしい気弱な少年が。
今や長くてすらりとした足、節度良い筋肉がついた腕、うちの事務所好みの理想的な顔。アイドルでも歌手でもモデルでも俳優でも、どのように出しても申し分ない。気が利いて思いやりがあって、でも自我は葛藤しながらも強く保って流されない。いつも正直に。異性への興味も隠さない。

そんな男らしい青年が同情なんかでユノに股を開く訳がない。そうだろ?



チャンミンはチャンミンのままで


「何ですか、本当に」

「演技で流した涙を拭う奴がいるか…!!お前今言ってること、…、おかしいぞ…っ、」

「ぇ、あ…嘘。すいません……そっか、、」


とても綺麗な気持ちで


「チャンミン……、話をしよう。聞かなきゃいけない事が、あったよな……?ごめんな、はっきり聞いてやらなくて」

「え、何です?」


そうだったんだな


「お前、彼女いるんだよな?」

「…ぁ………まあ…?、、」

「まあって何だ。イエスかノーしかないだろ。で、どんな子だ?…いや、そんなことは今いい」

「……」



いっぱい傷付けたよな?

チャンミンの心は、今日破壊した部屋のセットよりも壊れてる。


俺は決めつけてたから。
ユノが狂ってチャンミンが振り回されてるって。チャンミンが何も答えないことをいい事に。

見ない振りをしてたから。








「チャンミン、ユノのことが好きなのか?」








はっきり聞きもしなかった。
 





チャンミンの気持ちなんて






「………も、もぅ、嘘は懲り懲りなんで……終わったことですし。、正直言っちゃってもぃぃですか……っ」

「いいよ。何も変わらないし変えてやれないから。個人的に聞いてるだけだ」


蚊の鳴くような呟きの中に怒気が混じってる。
叫べない怒り。思慮深くて思考回路の複雑なお前はどれだけ抱えてた?こんな一言すらここまでこないと言えないなんて。

腹立つよな?

悲しいよな?

憎いよな?



本気だったなら












「はい、とても……」







何だろ、ごめんな。

チャンミンはただほっそり愛しさを抱くように綻んだだけなのに、







俺の方が「ごめんな」って、泣いてしまった。







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片割れ chap.12 #7







フィッティングで決まった深いワインレッドのスーツが自分でも似合うと思った。飛行機の中で数時間でもしっかり眠れたおかげで、今日は始めからシャープな顎のラインが現れてる。


「ユノさん、入りまーす!」

「よろしくお願いします」


スタジオにいるスタッフ全員と挨拶した後、本題のMV撮影のためディレクターから全体の大まかな流れを聞く。


「最初はこのセットの真ん中の椅子に二人座ってもらって部屋の中のシーン。次は合成用、最後は一人ずつリップ、の順で撮影していきますので」

「はい」


説明を聞きながら、目は無意識に出入口へ。
チャンミンを待ってる。
東京に着いてからマネヒョンにオーダーするチャンミンの内容が引っ掛かったから。





『無理かもしれないけど僕の言動がおかしい時はできる限り教えて下さい』

『チャンミン…っ、』


寄り掛かる背中を無言で力強くさするマネヒョンの腕まで震えていて、2人の歩く後ろ姿が危ういほど奇妙だったから。


『……チャンミナ?………具合でも悪くなったのか……?』


俺の声はちゃんと届いたんだろうか。
チャンミンが立ち止まってふいに俺の方へ振り向いたかと思うと、額に差し伸びてきた指先。露骨に歪む眉。


『熱も、まだ続いてるんですか?』


いつも聡明で真っ直ぐな瞳が揺れてる。


『……まあ。…かな……?』


俺はお前のこと聞いてるのに、お前は俺のことを聞いてくる。
なあ、ちゃんと聞こえてる?
まるで悪い時の俺みたい。
でもそんな調子外れの気遣いなのに胸がざわつく。無性にくすぐったい。ずっと労って欲しい、なんて。…思っちゃったりして。

柔く伸びるチャンミンの腕を手で抑え外したマネヒョンがもどかしいとさえ感じた。


『チャンミン』

『ぁ……。くそっ、…駄目だ……っ』


駄目なことなんて1つもないのにチャンミンはそう言った。すがるようにマネヒョンに謝る。


『すいません、勢いづいてしまって……』

『、つい?』

『…ふっ。……血迷った犬のように、、、』

『……そう、か。……そうか……』


俺に解けない暗号で会話する2人。寂しそうに自嘲するチャンミンも、その撫で肩をさらに掻き抱くマネヒョンも、俺から遠退くように早足で歩き出す。前へ。俺を置いて。体はすでに俺の数歩前へ。

何かに落ち込むチャンミンの役に立たない俺は、金魚のフンみたいにただ2人に付いて進むしかなかった。
チャンミンを支えるマネヒョンと、マネヒョンに頼りきってるチャンミン。


(俺がTOHOSINKIなのに……)


チャンミンの助けにならない。
それが酷く落ち着かない。





「チャンミンさん、入りまーす!」

「宜しくお願いしますっ、宜しくお願いしますっ♪」


右手を戸口に掛けて軽快に現れたチャンミンは、さっきとはうって変わって溌剌としてた。
俺の着てるものと同じ色、でも少し違うデザインのスーツに袖を通した佇まいで、大人びていて格好いい。


「チャンミナ。こっち」

「はいはい」

「先に部屋のシーン撮るって」

「なるほど」


至って普通のチャンミン。
じゃあさっきのチャンミンは?なんで、どうして。どうにも理解できない。でも元気になったらそれでいいのか。
身体の異変とは反比例に冴えた脳は必然的にディレクターの言葉へ集中が戻ってゆく。


「セットは二人にハケてもらった後、シャンデリアを落としたり棚や花瓶や窓もだんだん壊していって。最終的に部屋の中が滅茶苦茶に荒廃した画(え)を撮ります。この歌の主人公の心情を表現するような感じで」 


洗練された品のある、でも居心地の良さそうな洋室のセットを壊したくないと感じて言葉が漏れる。


「あー…、、ちょっと残念、かな。勿体ないね。こんなに綺麗な部屋なのに……」

「はい、歌詞の内容が叶わない恋の叫びなので。片想いじゃなく、お互い好意があるようなのにその二人では幸せにならない。溺れて愛し合いたいのに、本当は現実を分かってる。そんなどうにもならない気持ちが葛藤する激しさを、家具を破壊することで表現しようかなと」

「切ない歌ですね」

「そう。この部屋のセットが、心の中そのものなんですよ」

「…本当に切ないなぁ。なあ?チャンミナ?」


俺はやっぱりチャンミンに受け皿を求めてまたチャンミンの方を見た。歌詞と音符の並んだプリントを眺める痛そうにしかめた顔が、「切ないですね……」と鸚鵡返しを寄越した。


「…」


俺はそのチャンミンの姿こそ、『切ない』。
そんな気がして。
何とかしてやりたい。
そう思うのに今まで距離をとってたせいか、うまい言葉が思い浮かばない。


「っ、…なあ?本当に切ないよなあ?」

「…ねー、切ないですよね」

「いや~本っ当にこれ切ないわあ!」 

「ですよねえ。切ないですよね~」

「切ないなあ、うん。切ない!」

「確かに切ないですよねえっ!」


『セツナイ』を繰り返すことしかできなくて。声のボリュームと周りの笑い声しか上げられなくて。
でも何とかしてやりたい。目障りだと思ってたチャンミンにいざ元気がなくなると、今度は気になって仕方ない。
頼られたい、チャンミンに。
俺が。


「チャンミナ、やっぱり今日ラーメン食べに行こうか?」



ナンデモシテアゲタイ



「何でですかー!?せっかく鍋のお店調べてもらってるのにっ」

「……あ、そうなの?」

「そうっすよ。早く今日の撮影終わらせて食べに行きましょう♪」

「あ、うん」

「ああ~早く終わりたい!」


でもチャンミンのテンションはあっという間に戻ってきた。ちょっと高すぎてこっちがたじろぐくらい。待ち時間も笑い過ぎて椅子から転げ落ちたり、少し諭せば愛嬌を見せてきたり。


「……はは、何だよ。全然大丈夫じゃん」


肩透かしを食らった。


撮影は順調に進んでモニターチェックも滞りなくオッケーが出る。


「チャンミンさん、すごく感情が籠ってる感じですねっ」


女性スタッフがミネラルウォーターを持って来てくれて、俺が見てたモニター越しのチャンミンを褒めてくれた。MV撮影はこのチャンミンのリップの撮影で終了。予定より早めに終わって次のスケジュールまで時間が余りそう。


「でも私は実はユノさんの大ファンなんですっ♪」

「あはーはーっ♪ありがとうございます。チャンミンは本当、凄いんですよ。やる時はやる、格好いいんですよ」

「まあ確かに格好いいし女性より綺麗ですよね。明るい髪の色もすごく似合うし。高飛車な所もクールで、まあ好きな人は好きですよね」

「?チャンミンは明るいですよ?」

「えー、…でもチャンミンさんってたまに嫌味っていうか、大げさな言い方しません?オレ頑張った!とか、スジュが羨ましいとかすぐ言っちゃうし。ユノさん大変だろうなって見てるこっちがハラハラする時けっこうありますよ?」

「……」


人から見れば短所だと思われるところも、


「…チャンミナが自分で頑張ったって言う時は、本当に本気で楽しみながら全力で取り組んで納得した時ですよ。他のグループもTOHOSINKIとは別の良いところがたくさんあります。それを素直に認めて出してるだけなんです、チャンミナは。良いことですよ、これは」


それがチャンミンのスタイルだしって思える。


「ぁ…、そうですか……」


直して欲しいところとか、全くない。


「そうですよ。それに全然高飛車なんかじゃないですよ。ボクの両親に、ボクをたててくれながらとても礼儀正しく挨拶してくれますし。嘘も絶対つかない、つけない男です」


だからこそ、なかったことにした記憶が……

俺の心は11月のまま……

止まって……


「…すいません、てっきり仲違いでチャンミンさんが勝手に宿舎を出られたのかと思っ…」

「え?」

「ぃえ…っ、、」


荒立った問い返しになってしまったかもしれない。それでも怯えた彼女はとてもか細い毒を吐く。


「ぃや、あの………韓国の宿舎、チャンミンさんって出て行かれたんですよね…?日本でも噂になってるから、てっきり……。ぇ、じゃあ、あの、何で……?」


チャンミンが宿舎を出ていったのは、チャンミンに大切な彼女ができたから。もっと彼女といる時間を作りたかったから、だけど。。


「……いや、」


カチンときた。


「日本では一緒に住んでますし!」

「「「「ぇ……!?」」」」


周囲の低空などよめきにはっとして。いつの間に注目されてたのかと焦って辺りを見回した。


「チャンミン君、すごいね……」

「うん、スゴい……」


でもそうじゃなかった。


「え、チャンミナ…??」


皆が釘付けに凝視する先は俺じゃなく、小さなモニターの中のセツナゲな麗人。リップシンクを奏でながら。


「チャンミンさん、右目から涙流してる……」
















チャンミンが綺麗に泣いてた。





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片割れ chap.12 #6







______C.side______





結局一睡もできなかった。
「目を瞑って深呼吸するだけでも睡眠効果がある」なんていつかに得た豆知識を布団の中で実行してみたけど、寝られないとやはり瞼の重みを感じる。空港で待ち合わせたユノヒョンの前でも欠伸が止まらない。


「ふあぁ~あ…」

「……」

「……」

「……」


だからと言って。
ユノヒョンから何か声を掛けられるわけでもなく、搭乗時間になるまでの僅かな時をロビーで過ごしながら、向かい合わせに座るヒョンを観察した。
スマホをいじって別段いつもと変わらない雰囲気が逆に、昨日のデートの行方を知りたくなる。


「ああ、…眠いです。ヒョン」

「んー?頑張れ、大丈夫だよ」


話の続かない会話を続けようとするのは疲れる。知りたい内容もいい事はない。
でも聞いた方がいい。
普通の弟になるためには避けて通れない。


「っ、…ユノヒョンはっ?眠くない?昨日はアラと食べに行って…どうでした……?」


自分の気持ちが表れるように、声の大きさもテンションも尻すぼみになってしまって恥ずかしい。


「まあ普通。一緒に店出て帰って。いつも通り寝ずにしたけど眠いってことはないな」

「え…何。どういうこと……」


だけどユノヒョンの情事を匂わせる回答に、殊勝な面持ちが剥げ落ちた。


「やりたいことなんて沢山あるだろ?思い付くと止まらなくて」


一瞬にして


「、、、」


頭を鈍器で殴られたような衝撃に痺れて声がついていかない。意味深な言葉を簿かして要点だけを処理したい。理解したら最後。吐きそうで。
すでに胃はひくつき出した。


「……ユノヒョン。。ア、ラと…」

「うん?」


ユノヒョンがいつか誰かと、すぐにでもアラと付き合うことになったと言われても。
笑って弟として祝福しようと、羨ましがってさえ見せようと思ってたのに。
ちゃんと身構えてたのに。


「僕聞いてませんけど。え、っ、いつから?」


まさかとっくにアラと付き合ってたなんて考えてもみなかった。それどころか男女の営みをさらりと報告されて具体的なアホ自慢もされて。

こんな復讐劇ってある?
予想を超えた状況に笑顔が貼り直せない。


「大丈夫。最近朝までずっとそんな感じだし」 

「、はっ。別に朝まで何してようとどうでもいいんですけど」

「そうかよ……。じゃあ、話しかけんなよ」

「質問くらい答えろよ。ねえ、いつからなの」


問い詰め口調が加速する。また喧嘩になりそう。次こそ僕はこんな公衆の面前で張り倒されるんだろうか。
でもユノヒョンはもはや僕なんて眼中にない、そんなつまらなそうな態度で。


「日にちなんて覚えてないわ」

「…っ、」


幸せを願う。なんて綺麗事並べながら


「教えてくれたっていいじゃないですか…!」


本当は、過信してた







お互い想い続けてさえいれば





いつかまた


ジェットコースターみたいな展開と

ドラマチックな感動が僕たちを待っていて






ユノと戻れる日が来るんじゃないかって






「はあ…、、お前のマンション行った後くらいからっ」
 


でも夢物語の裏側は




「……う…嘘でしょ……」



こんなにも脆くて呆気ない


ヒョンは簡単にアッチへ戻った




「何で、ぇ……っ、」



僕たちはあんなに完璧だったのに



「なんでって。俺、朝にスッキリしたって言ったろ。それから寝なくてもなんか調子いいのが続いてて。だから夜はずっとカムバックの事とかコンサートの事とかの構想してる」

「……え?」

「え?」


目の前の怪訝な顔をしたユノヒョンと、きっと同じ顔を僕もしてる。ちぐはぐが一周回って同じ喜劇を興してる。
そこでようやく、


「……本当に、睡眠時間をとってないって話ですか…?」

「……今その話題だろ…?」


自分の早とちりに気付いた。


「ちなみに昨日、……アラとはどこで別れたんです?」

「だからあ、言ったじゃんっ。一緒に店出た後だって。結局後から合流した仲間もけっこういて皆で一斉解散した」

「……。そんな言い方してなかったっすよっ。……全然、してなかった…」

「?そうだっけ?」


僕の脱力感が伝わったのか、攻撃体制を解いてぽわんと隙だらけになった虎が首で傾げて盛大に笑う。


「おいっ。なんで俺たちこんなに噛み合ってないんだよ!?」

「… 。はっ。それはあんたがねぇ…っ」


怒鳴り散らすために息を深く吸い込んで、次にはもう、


「、」


どうしようもなく抱きつきたい衝動を抑えるために、大きな息を吐く。
ユノヒョンをまともに見れなくて、俯いて右手で両目を覆った。


「……気持ちは分かるけど…ちゃんと寝なきゃ、後が辛いですよ…。ご飯は?もう食欲は戻りました?」



この人から離れることない僕の傲慢さを

誰か僕ごと消してくれない?


TOHOSINKIのチャンミンの部分だけ残して



「あー…、まあ。うん、大丈夫……」

「ご飯もなるべく食べて、栄養あるもの摂取して…。ね?」

「、おう……」


音だけの世界で聴くヒョンの声は明らかにまだ食欲がないと拒んでる。


「食べれなくてもいいんで、東京に行ったら何か気持ちだけでも食べたいものありません?」

「うーん、、、ら、ラーメンかな…」

「それは駄目だ。栄養ねえよ」

「ええーっ。チャンミナひどいぞっ」


この甘やかしてくれる感じ


「ぶっ、ふふふふふふっ」



大好きだ



「チャンミナだって好きだろ?」


その声も以前の、柔らかに深く、透き通るように貫いてくる大好きな音程で。毎日会ってるはずのに久しぶりに聞けた気がして、やっぱり僕は顔が上げれないまま。


「じゃあ鍋とかどうです?シメにラーメン入れて食べれるやつとか」

「お、それいいな」


その瞬間をひっそりと噛み締めた。




その後、機内で隣の座席へ座ったユノヒョンは宣言とは裏腹に、離陸する前に爆睡へと落ちていった。
本当に不思議な人。


「あれ、ユノもう寝たのか。早いな」

「ですよねぇ…」


もう片方の隣からかけられるマネヒョンの話を上の空に飛ばしながら、僕は考えてる。


「今日MV撮る曲は年明けの発売予定だから。それであと来年の会報向けにミッショ…  

「なるほど…」






どこまで干渉していいんだろう。


どこまでがメンバーで

どこまでが家族で

どこまでが男同士の境界線なんだろう



もう分からなくなってしまってる。





「……マネヒョン」

「何だ」


例えばこれは?


「……ヒョンが、、東京で鍋食べるって…」

「おっ、食べたいって?ユノが言ったのか?いいな!よし。夏バテしてた分、スタミナある鍋に」

「いやできるだけ栄養摂れるやつにして下さいよ。後シメに麺入れて食べれるもので」

「う~ん、、店探しとかいとなぁ。日本のスタッフに聞いてみようか」

「お願いします。……すいません、僕変ですか?」

「え?」


分からないんだ


「ヒョンの健康を心配するのって変ですか?」

「……?変?何でだ?」

「正直に言って下さい。世間ではこういうの、ちょっとおかしいとか、いきすぎてる感覚なんですか?」

「チャンミン……?」


分からないんだ


「カメラ回ってる時は大丈夫ですかね?ユノヒョンと会話しても。もしかして変ですか?」

「……」

「夢で逢いたいって願うのは弟としての気持ちに許容されますよね?、、あれ……」

「……」
 

正しい答えが分からない


「ステージでいつも格好いいって、ヒョンのこと感じるのは僕だけじゃないですよね?これは?……僕おかしいですか?」

「………お…まぇ……、、」


正解が欲しいのにマネヒョンは1つも教えてくれなかった。まるで答えなんてない答えを聞かれてるように着陸までただ困りきってた。


分からないんだ


「……ユノヒョン、起きて。着きましたよ」

「ん…んん?うぅーーーーん、、」


声を掛けるのは、アリですか?
手に手で触れるは?
目と目を合わすのは?


マニュアルを入手することができれば、僕は確実に暗記する自信があるのに。



正しさの周波数が合わない















______Y.side______






チャンミンの起こしてくれる声がして、投げ出してた手の甲に体温を感じて。大河に流されるような安らぎに導かれながら瞼を開くと、俺が捜してたその通りの瞳が飛び込んできた。


「…」

「着きましたって」


だけどすぐ反らされてしまったから、そこにはもう残像しかない。まるで蜃気楼のように朧気で。心許ない。
俺も逃げるように窓へ目をやって長い滑走路を眺めた。

触れて確かめたい気持ちを隠したのは、その目の持ち主がチャンミンだったから。

きっとあれだ、飛行機に乗る前チャンミンと話した時。何だか懐かしい空気に包まれて、それが俺を夢か現実か錯乱させたんだ。


「……チャンミナ、ありがとう」


振り返って礼を伝えたチャンミンは、コクンと一度だけ頷いてマネヒョンと今日の予定を確認し出した。それに比べて、馬鹿みたいな夢の続きを現実にまで持ち込もうとしてる自分が情けない。


だってあれは夢で、夢の中の出来事で、
在るわけない。

男なのにおかしい。オカシイ。おかしいから。
アルワケナイ。


呪文に呪文を唱え重ねれば現実をきちんと呼び出せるから。
うん、大丈夫。
なのにさっきから続く余韻にまだ酔ってるせいなのか、あんなに避けてたチャンミンと話したくなった。
何かもっと、もっともう少し話したくて。


「はぁ~。久しぶりによく寝たわあ」

「……」

「チャンミナ」

「……。あ、はい?」

「久しぶりに熟睡できた、俺」

「あー、一人言かと思いました……」

「なんかチャンミナの横に座って落ち着いたら、物凄い眠気に襲われた」

「ふーん」

「すごくない?何か。少しも眠いって感じなかったのに」

「はあ」


これっぽっちの興味もなさそうな声音と安っぽい相槌に悲しくなるのは、何の意味もない。まだ半分夢の中。寝ぼけてるだけ。


「チャンミナは?昨日何してた?」

「ヒョン、降りよう」


立ち上げってマネヒョンの後へ続くチャンミンが正しい。俺の胸が痛むのは、俺がただ寝ぼけてるから。







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片割れ chap.12 #5







暗い部屋の中…

満たされぬ想い窓から溢れ 夢が募る


月明かりの下…

がむしゃらに希望のリズムを刻む









______C.side______






部屋に戻るとまた蝉の声とビール漬けになりそうで、キュヒョンとの約束をぶち壊してしまいそうで、帰れない。マンションまで送迎してもらうとそのままの足でドライブに出た。運転だけに集中して、車で2時間、月尾島へ。


「っ、はあ、は、はあ、、」


海岸へ着いた途端、張りつめたものが解けて全力疾走した後みたいな息が上がった。


「はあ、はあ、…来るべきじゃ、なかったかな…っ、」


ハンドルに頭を埋(うず)めて波の音と荒い呼吸だけ感じていると、来るべきだろうとなかろうと僕が居れる場所はここしかない。そんな大雑把過ぎる消去法で導き出した答えが妙にしっくりきて、ようやくそこで落ち着けた。


「、、、ふう~……」


デートらしいデートもしなかった。遊びに行こうって言われても趣味は違うし周りの視線は気になるだろうし、何より恥ずかしかったし。
ぱっと思いつくのはこの月尾島くらい。

何するわけでもない、顔を上げて仁川空港の点灯光と暗い海のシルエットをぼーっと眺める。


「……話したいことって何だろ、……今頃……2人……」


楽しそうに色んな店名を呟きながら、歩幅を合わせて去ってゆくユノヒョンとアラはあまりにも鮮やかで、お似合いだった。




『はあ、絵になるねー。あの2人っ』

『つき合ってるんでしょ?今年の年明けから。噂ありましたもん』

『ええ!?あ、そうなの!?どうりでっ』


2人が見えなくなった後のスタジオ内で、数人の小さな輪が色めき立った。
ユノヒョンは僕からしたら、はっきり言って思わせぶりな人だと思う。無自覚に他人を褒めたり触れたり優しくするから、そりゃされた相手はその気になっちゃうよって何度もはらはらした。
でもそれを凌駕するものがいくつもあったから。そしてそれがユノという人間だから。
だからヒョンに忍び寄る恋の噂なんてあちこちに香り立ってたけどそんなもの強気で蹴散らせてた。

悪気のない賑やかに沸いてる群れが僕に近付いて来て嫌な予感。僕は常識では、ヒョンの弟でしかないから。


『チャンミン本当?あの2人付き合ってるの?』


好奇心剥き出しの、肯定のみを期待するあなた方に是非教えてあげたい


『違いますよ』



ユノは僕と付き合ってたんだから

キスだってセックスだっていっぱいしてた



いっぱいしてたんだ



『……でもユノヒョンから聞いてないだけでそうなのかも。今年の年始は僕、映画の撮影で日本にいたし。本当に僕は分からないんですよ』


でもそんな心の叫びは自分でも虚しいことだって分かってるから。自分を自分の鼻で笑う。
性別を切り拓いて確かめ合った僕たちの行為は別に、愛の大きさや真理を見極める物差しではない。


『ひゃー、やっぱり!絶対そうだよっ』

『美男美女カップルだわ~』


そうなるかもしれない。


今目の前に広がる夜の海岸のように暗い絶望が押し寄せる。闇の奥までよく見える。
仮にも恋人だった僕の前で、女性らしいって感嘆してアラを賞賛するユノヒョンに叩きのめされた。


「あんな細い腰には、さすがに僕なれな…」


そこまで言いかけて、





「違う違う!っ、そうじゃなくて!…いいじゃんっ、アラすごく良い子だ。美人だし。いいよ、うん。ユノヒョン付き合ったら絶対幸せだって」

   




またユノヒョンを諦められない自分に







気付く





「あ~もしかしたら電撃結婚とかあるかも?ヒョン27で結婚したいって昔言ってたし。すごい!そしたらユノヒョンの願望通りになるじゃんっ!」


車内にまで人目はさすがに入ってこないから、声高らかに一人芝居を演じる。思い込む。
思ってない事でも声に出して言い続ければいつか心の底から思えるようになるかもしれない。


「いやあぁ~♪素晴らしいなあっ!」


手を叩いて首を横に振って、参りましたと言わんばかりに感嘆する。


「羨ましいっ!本っ当に羨ましい!僕も美人で可愛い奥さんが欲しいっ」


男だから当然だと思う。僕だって今も変わらず女の子に興味をそそられる。
タイプの子を見つけては眺めて、セクシーな体つきには思わず目で追って、妄想するのが楽しくて。


「朝ごはんとか準備してくれて瞼にキスされながら起こされたいっ」


でも、

それだけ。


そんな程度で僕の女の子に対する欲求は完結するようになった。


「ホントにあの2人くっついたら……いいのに……」




ユノに好きだと言われて



ユノを好きだったんだと気付いて





僕の中の、

本当の自分に目覚めた





本当のカタチを知った





でもそれは封印すべきことだから。
普通の弟になりたい。普通のメンバーになりたい。そうすれば今日みたいにグループの出来だけを単純に笑って喜べる。


「……幸せになるよ……ヒョンは……」


アラにしても他の誰かにしても、ユノヒョンを幸せにするのは絶対的に女の子で、僕じゃない。


「良かった良かった……」


拍手する手は重くて叩くのを止めた。張った声はいつの間にか萎(しぼ)んだ。

気の済むまで海を眺めてマンションに戻ると、次はベッドに入って気の済むまで窓から照らす三日月を追った。


「良かった良かった……」



いつまで経てば、気は済むのか。


















______Y.side______






毎日の1日1日を大切に過ごして気持ちは前のめりに威力溢れている。今日も体は恐いくらいよく動く。

なのに心どこか、空っぽに寒い場所がちらつく。

そのせいで見える景色が色褪せる、感動は起こらない。凍えてそこに立ち尽くしてる。冷たい風が吹き抜けてる。まだ涼しくて過ごしやすい9月のはずなのに、

胸の中に、11月の景色で止まったままの自分がいる。


「オッパ食べないの?ユノオッパ?」

「お、うん。アラ食べなよ、好きなだけ」


差し出されてた大皿をアラへ戻して烏龍茶を啜った。寒い箇所が温まるような気がしてホットを注文したけど、効果はなさそう。


「こんなに1人じゃ食べきれないよ~。オッパ少しは食べてぇ~」

「いや、俺はもうお腹いっぱいかも」

「えーっ、でもオッパ全然食べてないよ?」


潜水艦を模した店内の小さな丸型窓から、月が見えて惹かれる。壁に寄り掛かって欠けた月のカーブを観察した。
鋭利なナイフみたいに冷たそうな三日月だけど、翳す銀光は柔らかくて綺麗。


「チャンミンオッパと喧嘩でもしてるの?」


チャンミン……


「何で?相変わらずだよ」


心配そうなアラの顔に誓って言える。
チャンミンと喧嘩してるわけじゃない。ただ最近どうしようもなく苦手なだけで、仕事に支障もきたしてない。


「なんだ、良かった。オッパ達の雰囲気があまり良くなかったから、話っててっきりその相談かと思ってた」

「話?」

「私に話あるからって。ユノオッパが言ってたんじゃない」

「……あー、そうだった…。えっと、」


俺そんなこと言ったっけ?
さっさと帰りたくて色々現場で言ったけど忘れてしまった。また小さなミス。でもそれじゃあアラに失礼だから頭をフル回転させてふいに出した台詞が、


「捜してるんだ」


だった。


「ん?何を?」

「あ、と…物っていうか……人かな?」

「んー?誰?」

「……理想の女性。ほら、長く彼女もいないからアラに紹介でもして欲しいなぁ、なんて。あははははっ」

「何言ってるの。ユノオッパならその気になればすぐできるでしょう?」

「難しいよ。忙しくてなかなか会えないだろうし。それに誰でもいいってわけじゃないだろ?」

「じゃあ、ユノオッパのタイプの女の子は?具体的に」

「……そうだなぁ……」





誰を捜してるんだろう





「こう…皆の前では俺を立ててくれて、でも二人の時にはリードしてくれて。俺が間違ってる時はちゃんと正してくれる感じで、」


どこに居るんだろう 


「でも俺も負けず嫌いだからたまに喧嘩もしちゃうんだけど、拗ねてもお互いステージに立てば自然と仲直りできて、」

「ステージ?歌手のコがいいの?」

「あ、いや違う、例えばっ。そういう…二人の共有できる場所を持ちたいなぁって。な?ははは!」

「ああ…?うん?」


気が立ったり落ち込んだりした時には、なんとなく傍に居て。
さりげない優しさをそっと開いてくれる。


「俺の好きな苺で文字を作ってくれたりするのもすごく嬉しいし、突飛なこと思い付いたりするのも面白くて飽きないし、」


隣に居るというただそれだけで、自信と安心に満たされて。
互いの足りない形をぴたりと埋め合える。


「居るだけでこっちも明るくなるような、」


心が綺麗で美しい


「無邪気で、目の綺麗な人……」











虹のような人










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片割れ chap.12 #4









______C.side______





「ぇ……」

「戦略としてな。来年はユノとチャンミンにはそれぞれ違うフィールドでTOHOSINKIをアピールしていって欲しい」

「、、なるほど…」


当然と言えば当然の。


「まあ、あれだよ。お前達今まで24時間ずっと一緒にいたろ?これからは個々の力を発揮すべき時期にきてるんだ。パフォーマンスはもちろん二人揃わないとできないが、一人ずつ別々に活動すればその分大衆との接点は2倍になる」

「ですよね……」


反論するべき点が見当たらない。
マネヒョンの言う内容をすでに承諾済みなんだろう、隣のユノヒョンは顔も上げずに書類チェックをしている。
僕はただヒョンの横顔を盗み見るだけ。


「……」


ユノヒョンは僕の視線に気付かない。
ユノヒョンがまた、遠くなる。
ユノヒョンを振り向かせるのは僕じゃなくマネヒョンの呼びかけだった。


「あとユノ。ミュージカル決まった」

「あ、本当?」

「ソウルコンサート後のオフ削ってそこに入れるから、2日間。公演場所は日本だが韓国語でやるし、韓国を代表する有名なミュージカルだから遣り甲斐あるぞ」

「へえ♪できたらもっとやりたいけどなっ」

「年明けにも上演日入る予定だ。で、…やはり稽古はコンサートリハでほぼ参加できない」

「うん。そこは何とかする」

「ソウルコンの翌日に日本入りして2日間でミュージカル4公演、一旦戻ってチャンミンと合流してからすぐシンガポール。分かったな?」

「了解」

「信じてるぞ、ユノ」

「オッケー、任せて」


マネヒョンとユノヒョンの会話がまるで、僕なんか居ないようにするする進んでキャッチボールを繰り返してて、


「……」


僕ここに居る意味あるのかなぁ、とか。
考えてしまう。


(…っ、いやいやいやっ。意味あるだろ、僕だってTOHOSINKIなんだから)


「ヒョン、頑張ろう」


もっと肩の力を抜いたらと言っても抜かない人だから忠告は諦める。諦めるというと言葉は悪いけど、それはユノヒョンというメンバーを信じてるからで。
ありきたりなことしか言えない自分が歯痒いけど、差し出した拳にこつんとヒョンの拳が返ってきてホッとした。

この関係は切れないから。

うん。
良いのか悪いのか分からないけれど、どれだけユノヒョンが飛び回っても強靭な紐で僕たちは繋がってるから、これだけは。
グループがある限りメンバーとして頼り合えて、それでいつか訪れるユノヒョンの幸せも祝福する。
心の底からそうは思えなくても、ユノヒョンから見える僕はそうでありたい。


「ユノヒョン、練習はどうするんですか?僕も手伝おうか?」

「いや、お前はいい。自分のこと頑張って」

「……そう」

「うん」


ユノヒョンの頼りになるように。

ユノヒョンの助けになるように。
















______Y.side______






お疲れ様と周りで飛び交っても終わりたくない。あれもこれも次々にアイデアは閃いて、濁流みたい。早く人に伝えたい。今日という日を無駄にしたくない。


「ちょっと待って、やっぱりここの曲順チェンジした方がいいと思う。あと2集のアルバムからもう一曲入れられたらいいなぁと思う」


解散しかけてたライブスタッフ達を引き留めて公演のセットリストの変更を提案すると再度検討する方向で話が纏まる。ついさっき決定した議題だったけど、やっぱり言って良かったと安心した。そして楽しい。
席に戻ると隣のチャンミンが確認してきた。


「もう1曲足します?」

「うん。全部で~…。26曲かな。あ、25曲?」

「海外公演はそうだけど初っぱなのソウル公演だと31曲になりますよ」

「できるだろ?5年ぶりなんだからこれくらいやらなきゃ」

「4年ぶりね」

「そうそう、4年ぶりのツアー」

「韓国での単独ライブがね」


そんなやり取りを二人でしていると、正面に座る舞台監督に「ユノ、1つも合ってない…」と何故か笑われ、向かいのジェウォニヒョンからは「まだ増やすの?往年の曲を各集から入れるにしても、もう二人しかいないんだよ。大丈夫か?」と心配された。


「いけるよ、日本ツアーもできたんだからやらなきゃ。何より待っててくれた人達に感謝の気持ちを返したいし、二人で活動してぐんと実力も伸びたと思う。これをやり遂げた後は勉強にもなるし、またさらにいい形で伸びていくはずだから」

「チャンミンは?どうなの?」


俺からチャンミンの方へ向き直ったジェウォニヒョンの声が急に甘ったるくなったような気がして気に入らない。
前からチャンミン贔屓だったジェウォニヒョン。


(……まさか、)


ジェウォニヒョンがチャンミンの、男……?


「っ、」


ぐあっと。突然頭に血が登って沸騰する。
途端に焼け爛(ただ)れるような胸糞悪さまでも競り上がってきて、そんな自分の体の反応に焦る。
いや違う。兄として、兄として。
兄として弟がふしだらなのは見過ごせないから。こんな身近な仕事仲間でそんな甘える関係でいられたら馴れ合いが生じてしまうから。

チャンミンがジェウォニヒョンに助けを求めたら怒鳴ってしまってたかもしれない。でもチャンミンは俺へ同調した。


「これ以上何を言うことがあるでしょう、僕もユノヒョンと同じ意見です」


気分がいい。とても。
一握りの余裕が苛立たしさを治める。


「でも本当にできますかね?年を考えるとちょっと無謀じゃないですかね?ヒョン」

「は、いやできるって。俺まだ27だしっ」

「僕はもう一曲目で疲れますよ、きっと」

「、ふはは。こいつっ」

「ふふっ。すいません、冗談です♪」


チャンミンやスタッフと話し合って意見が相違するところは納得するまで言い合ったりしたけど、どうしても決まらない時は多数決を取ったりジャンケンで決めたり色んな方法で細かい議論を決めていった。
チャンミンは終始とにかく楽しそうに笑ってて。いたずらっ子にひらひら舞うから皆感化されて。笑い声が湧き上がって空気が開く。
そんな感じ。
舞台監督もそんな弟に発破をかける。


「そう言ってチャンミンはなんだかんだやるんだから大丈夫だろ♪」

「はぁい。ヒョンについていくしかないので仕方なくぅ」


柔らかくしなやかに。
周りを盛り立てる隣の男が脅威的。

チャンミンってこんな弟だった?
攻撃的だと思えば酷く落ち込んだり、自分を扱い切れない人間だったはずなのに。


「だはは!!チャンミンはもうユノなしじゃ生きていけないねっ!」

「ええ、物凄く」



「、」

息がとまる程。
ドキッとして。嬉しくて。
凍った牙城が溶けだす、ような。


「ぁ…と…っ、」


でも聞き慣れないから恥ずかしくて。
咄嗟に『よく言うよ。普段はこんなこと全然言ってくれないんですよ』って言おうとチャンミンを指差して舞台監督に向き直ると、彼は額を抱えて爆笑してた。


「本っ当おもしろいっ!この二人!!」

「…あ、、、」

(、、冗談かよ……)


そこでやっと、際限なく緩んでる自分の顔に気付いて下へ向いて隠した。俯くと気持ちも頬も落ちて正常に戻れる。

何喜んでるんだ、俺……
そもそも『普段は』って何なんだ、男同士なんだから当たり前だろ。

自分の挙動が虚しくて、居たたまれない。
俺の方が公私混同してる。
何を?何の公私混同?しっかり把握できない。でも捕らわれてる。……何に?


「……よし、撮影行くぞ。チャンミナ、支度」

「あ、ちょ、ちょっと待って下さい」


俺の所に来ないで。
俺に近付かないで。

見たくもないけど俺たちはメンバーでチャンミンは必要だから。仕方ない。
急いでテーブルの上を片付ける後ろ姿をただの無機質な岩に見立てて、その場へ置き去りにした。


「先行ってる」


やることは沢山。考えたいことも沢山。
夜はベッドでコンサートの構想を天井に描きながら朝まで過ごして、昼はきっちりスケジュールをこなして颯爽とする。充足した足並み。
今日もむくんでしまってる顔を解消するため、廊下を歩きながらジャンプしたり体を捻ったり。腕もぐるぐる回せばすぐさっぱりだから。






「オッパ?」


ちょっと気になることといえば、


「ユノオッパ?どうしたの?」





ユノって名前が


他人の名前みたいに聞こえるくらいで





「……ん?」

「?終わったよ?撮影」

「へ……」


あとは少しの、ぼーっとする小さなミスがあるくらいで。
でもそれだって翳(かざ)された照明の眩しさのせいだったりするから、大したことない。


「ユノオッパ、何か疲れてない?顔色悪いよ?」

「…いや、そんなことない。だって俺最近やる気満々だから!あははっ。アラ、心配してくれてありがとう」


免税店の広告モデルにTOHOSINKIと一緒に起用されたアラは最後に会った夏前よりもさらに魅力ある女性になっていて、その成長ぶりにほっこりする。初めて会ったのは彼女が小学6年生の時だから、もう10年くらいの付き合いになる。


「アラは笑った顔が可愛いな」

「えーっ。ふふ、ありがとうオッパ♪でもユノオッパもチャンミンオッパもすごく格好良くなった!」


アラの後ろから「ありがとう」と喜んで含み笑いをしてるチャンミンが許せない。腹立たしい。

……何故?

二人の会話はこれでもかと続く。


「でも僕はそんなに代わり映えしないから…」

「そんな事ないよー、チャンミンオッパ!何て言うか、凄く綺麗になった!その髪型も良い感じよ、格好いいのに可愛らしい!でも髪を上げると男らしくて。雰囲気がスタイリングで全然変わるからドキドキするっ」

「えぇ~、そんなそんなっ。ふふふふふふ、」

「……」


(何だこれ……)


熱気がどすんと足下に落ちて、内臓から肌寒い感じ。
この感情が分からない。
自分のことが分からない。
無作為の言葉を吐き出すと意外にも普通な会話文だから、ほら。
俺はこのままで生きていける。


「アラ、これから予定ある?良かったらご飯食べに行かないか?」

「え?でも今からなんて皆集まれないかもよ?」

「いいよ、アラがいてくれたら。二人で行こう」

「チャンミンオッパも行こうよ♪」
 
「あ、…じゃあ、僕も」


チャンミンなんかいらない。
チャンミンなんか目障りだ。

そんな事思ったことない感情が芽吹くのは、これが本当の自分?俺の本性?
分からない。
分からないけどそう思うんだ、何故か。


「チャンミナ、折角朝までフリーなんだから。デートくらいしてこいよ、彼女と」

「え?チャンミンオッパ彼女いるの!?」

「うん、最近できたんだって。なかなか会えないんなら尚更今夜くらい連絡してみろよ」

「………ですよねっ♪…そう、します……」


何でさ?そんな笑いながら傷付いたって顔するわけ?こっちが泣きたいんだよ。
って、……なんで俺?
よく分からない。
自分が。チャンミンが。


「あー、、アラが綺麗だから浮気心が出たんだろ?気が多いのは駄目だぞ、チャンミナ」

「ちょっと、ユノオッパぁ~!そんなわけないでしょ?あははっ」


悲しそうなチャンミンが、理解できない。


「……はい♪ちょっと僕も一緒に過ごしたいなって…♪」


分からないものは気持ち悪い。
近寄りたくない。
一刻も早く逃げ出したい。


「チャンミナ今日は遠慮してよ。俺もアラに話があるし。アラ、早く着替えて行こう?」


アラを促そうと腰に腕を回せば、その細さに驚いた。


「ぅわ、腰ほそっ」


女性特有の、華奢で壊れそうで、俺が守ってらなきゃって思わせられる、そんな。


「ユノオッパ?」

「……」


そう。

恋ってきっと、そういうもの。


「アラ、すごく女性らしくなったね。本当に綺麗だ」

「わぁ!オッパありがとう。嬉しいっ」


溢れる笑顔が華やかに輝く女の子たち。
もっと見たいと思う。


「何食べたい?どこでも連れてってあげる」

「本当!?嬉しいーっ。じゃあね~…」


甘い密みたいなアラの跳ねる声に誘われて、チャンミンをまた置き去りにできた。


















______Manager.side______






渾身のカムバックMVのネット配信が開始された。再生回数は三日目にして好調だ。労いの電話をスマン会長直々に頂いて、その旨を二人に教えてやろうと控え室に足早で戻ったのに、いたのはスマホを弄ってるチャンミンだけだった。


「あれ?ユノは?」

「もう帰りました。アラとご飯行くって」

「そっか、遅かったかぁ」


長い足を組んで座るチャンミンに近付いたところで、「どう思いますか?」と向けられたスマホの画面にはちょうど今話題にしたかった二人のカムバックMVの動画が映し出されてる。


「うん!凄くいい!!今な、スマン先生からこのMVの評判がすごく良いってわざわざお褒めの連絡を頂いたところだったんだ」

「おおおお~♪」


足を交互にパタパタ動かして嬉しさを現す姿がとても幼く見える。


「チャンミン、頑張ったもんな!」

「はい。死に物狂いでやりました。ヒョンと対で踊るのは並大抵のことじゃなかったんで」


にこにこ、にこにこ。本当に嬉しそうで。
俺まで嬉しくなってくる。


「明日は日本で『I Know』のMV撮影だからな、この調子で頑張ってくれよ♪」

「ネ~♪」


支度を済ませてスタジオを後にする帰り道でもチャンミンはずっとスマホでMVを見続けてた。廊下や出入口で警備スタッフを見つけてはその度、声を掛けてゆくから中々進まない。


「すいません、ちょっといいですか?」

「あーチャンミンさん♪お疲れ様ですっ」

「これ1回観てもらっていいですか?どう思いますか?」

「え。え?」

「今回カムバックした新曲のMVなんですけど。どうですか?」

「はあ…。お、格好いいですね」

「本当ですか!?」

「はい、力強くてすごく格好いいと思います。ダンスが凄いですね」

「うおぉ、、やったあ♪♪♪」


スマホを強引に押し付けてほとんど話したこともない人々から感想を聞き出しては、はしゃぐ。くるくる回って、スマホを掲げて見上げる様子は金メダルの獲得者さながら。


「ぷっ。あはははっ!チャンミン可愛いっ」


可愛いくて可愛いくて。個性を持った金髪のヘアカットもここまでされると坊っちゃん刈りに見えてくる。マンネという概念よりももっと幼い園児のような、気儘で純粋な喜び方が珍しい。慣れてない人間の前ではあまり心を出せないコだから、チャンミンは。


「まるで子どもが喜んでみたいだぞっ。ふはは♪」

「はぁい♪もうユノヒョンとは、これでしか繋がってないから」

「え……?」

「いいMVが撮れて本当に嬉しいんです♪」


にこにこ、ニコニコ。クルクル回りながら。長身のいい歳した美青年が。


馬鹿みたいに、純粋に。


「ヒョンが幸せだったら、それでいい」


自分に言い聞かせるように、ただ笑ってた。













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